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2019年6月4日

中小企業のためのM&A入門~M&A取引の交渉過程と各過程における検討ポイント~

M&A 税務・財務・会計

実際のM&A取引の一般的な流れと、それぞれの段階において検討すべきポイントを本稿では解説していきます。個々の取引によって、若干の違いはあるものの、典型的なM&A取引は、次のような6つのステップを取ります。

M&A取引の一般的な流れ

ステップ1:M&A取引の目的や形態、対象企業のイメージの事前検討

ステップ1として、M&A取引の目的や取引形態、対象企業のイメージを作ります。実は、筆者はこの部分が最重要だと考えています。このステップで検討すべきこととしては、次のようなものがあります。

●何のためにM&Aをするのか。
買い手側に立つ場合、規模を拡大して市場支配力やコスト削減を狙うのか、新しい事業・技術・市場を獲得するのか、被買収企業との相乗効果(シナジー)を目指すのかなどが典型的な目的です。

売り手側に立つ場合には、創業者株主の(高齢化などによる)引退に伴う事業の現金化や、事業・従業員の引き継ぎ、主力でない(ノンコア)事業部門の売却、同業の力のある企業の傘下での生き残りなどが典型的な目的です。

●M&Aの予算をいくらにするか
M&A取引には当然対価が必要なので、予算としてどの程度の金額なのかも、同時にイメージしておく必要があります。

【ステップ1のポイント】
特に買い手側である場合には、M&A後に被買収企業と一緒になった後の姿をイメージすることが重要です。くれぐれも、「同業他社がM&Aを実施しているから、乗り遅れてはいけない」「なんとなく規模を大きくすれば、将来生き残れるのではないか」などといった漠然とした理由でM&Aを実施すべきではありません。このステップの検討が十分でないと、本来実施すべきではないM&Aを行ってしまったり、交渉の過程で行き詰まったり、M&Aの取引自体は成立したものの、その後の被買収企業の経営がうまくいかなかったり、様々なトラブルに見舞われることになる可能性が高まります。「失敗したM&A」といわれる事例を見ると、このステップの検討が十分でなかったと考えられるケースが非常に多いように思われます。

ステップ2:M&A対象企業の探索・選定・接触

ステップ2として、M&A対象企業の探索・選定・接触を行うことになります。この場合の相手企業の探索ですが、同業との付き合いの中から「あの企業は売りに出ているようだよ」と噂が入ることもあれば、取引先の金融機関などから、相手企業を紹介されることや、金融機関などに契約を結んで探索依頼をしてもらうこともあるでしょう。最近では、インターネットでM&A候補先を紹介してくれる業者もいます。

探索・選定においては、通常多めに対象企業をリストアップしておいて、対象企業の経営状況、技術、市場、商品、またM&Aの対価がどの程度になりそうかといったステップ1で検討したことを念頭に、リストを絞り込みます。

ある程度対象企業が絞り込まれれば、実際に相手企業に接触を試みます。その際には、自社で直接接触することももちろん可能ですが、まだ実現するかどうか分からない時期に業界内で噂になる可能性もります。そのため、匿名性を保ちたい場合には、アドバイザリー契約を締結して、M&Aアドバイザーを使うのが一般的です。M&Aアドバイザーは、相手企業にM&Aを行う意思があるのかを確認し、可能性がある場合は初期段階の条件交渉を行い、ステップ3の基本合意書の締結へ向けて交渉を進めます。この際には、大体の取引価格、取引形態(合併、現金による株式買付けなど)、役員や従業員の買収後の処遇の方向性なども、提案するのが通常です。

【ステップ2のポイント】
M&Aアドバイザーの選定は、その後のM&A取引の成否に大きな影響を与えます。選定においては、各M&Aアドバイザーの過去の取引実績(トラッキング・レコード)が提示されるため、ステップ1でイメージしたM&Aの目的や対象業種に関してノウハウがあるか、きちんと取引交渉のサポートをしてくれそうかどうかを、実際に面談したうえで判断しましょう。また、M&Aアドバイザーにどの程度の手数料(フィー)を支払わなければならないか(支払えるのか)も、この時点での検討項目になります。

ステップ3:基本合意書の締結

ステップ3として、基本合意書の締結です。事前の接触の結果、相手企業が今後M&Aに向けて交渉するという意思決定をすると、基本合意書(LOI:letter of intent)を締結します。

基本合意書では、主に次の項目についての合意がされます。

1.取引価格
2.代金決済方法(現金、もしくは株式)
3.取引形態(合併、株式買付け)
4.情報開示と秘密保持の契約
5.買収監査(デューディリジェンス)に関する取り決め
6.独占的交渉権の存続期間

この時点で、相手企業の財務情報や経営に関する詳細情報(といってもどこまで詳細な情報を含めるかは交渉次第)が秘密保持契約の下で開示され、実際にその情報の裏付けを取るために、弁護士や公認会計士によって相手企業の内部監査(デューディリジェンス)を行うことが可能になります。また、基本合意書締結から一定期間は、他社とのM&Aの交渉を行わないという独占交渉権が盛り込まれることも一般的です。

基本合意書は、一般的に交渉開始を意味するもので、その後実際に取引が成立しなかった場合においても法的拘束力はなく、違約金なども発生しません。あくまでも、当事者同士がより詳しくお互いのことを知り合い、M&A取引に向けて真摯な話し合いを始める第一歩であるといえます。

【ステップ3のポイント】
ステップ3においては、M&A取引に経験豊富な弁護士や公認会計士を確保することが重要です。M&Aアドバイザーを雇っていれば、通常はそのM&Aアドバイザーと連携している専門家が紹介されます。もし、M&Aアドバイザーを雇わずに交渉する場合、自社の顧問弁護士や顧問公認会計士が交渉の矢面に立つことになりますが、必ずしも彼らがM&A取引に詳しくないケースもあり得ます。M&A取引における弁護士や公認会計士の役割は非常に大きいので、仮に費用が多少かかっても、より経験のある専門家に交渉を委ねるのが無難だと思います。また、デューディリジェンスの結果、財務状況や法的債務などの問題が発覚した場合においては、その内容をどのように取引条件(取引対価など)に落とし込んでいくかについて、アドバイスしたり、相手との交渉をしたりすることになります。このような場合においても、M&Aの経験豊富な専門家の存在が重要になります。

なお、売り手側に立った場合の注意事項として、基本合意書に書かれた取引価格は、それ以降の交渉において下がる可能性があります。ステップ4の買収監査(デューディリジェンス)で問題点が指摘されると、それに応じて本契約の際の取引価格が引き下げられるからです(逆に良い情報が出てきて、価格が引き上げられるケースはまずありません)。

したがって、この段階で、最低限確保したい取引価格をある程度上回る価格でスタートしないと、以降の価格交渉で決裂せざるを得なくなる確率が高まってしまいます。また、中小企業にあっては、売り手企業の経営者自身は高い取引価格を必ずしも望んでいない場合(事業の存続が第一目的であるときなど)でも、株主(経営に関与の薄い親族など)の中に高い金額での売却を望んでいるケースもあり、関係者間の意見調整も重要になります。

ステップ4:買収監査(デューディリジェンス)の実施・契約条件の詳細交渉

ステップ4は、買収監査(デューディリジェンス)の実施・契約条件の詳細交渉です。これは主に弁護士や公認会計士の仕事になります。弁護士は相手方の取引先などとの契約条件に、将来損失が発生しそうな事項(債務保証や損害賠償請求)がないかを確認します。公認会計士は相手方の決算書などの計算書類の詳細の突き合わせや、場合によっては在庫などを確認し、粉飾決算や不良在庫、回収不能債権などがないかを確認します。

これらの作業は、通常相手先企業の会議室などで行われますが、一般社員への情報漏洩を防ぐために近隣の部屋を借りて行われることもあります。買収監査の結果は、報告書として当事者に開示され、その後の本契約に向けての交渉材料となります。あまりにも問題が多ければ、本契約は見送りとなりますが、価格などの本契約の諸条件の調整によって本契約に漕ぎ着けるケースも少なくありません。

【ステップ4のポイント】
ステップ4においては、ステップ3同様にM&A取引に弁護士や公認会計士の役割が重要です。また、買収監査の報告書を受けて、本契約を締結するのか、また、するとして契約条件に報告書の内容をどのように反映させるのかについては、弁護士や公認会計士、M&Aアドバイザーが協力して、相手方と交渉します。この交渉は、本契約の条件を決定づける非常に重要なもので、各専門家の経験と力量が問われます。

ステップ5:本契約の締結

ステップ5は、最終合意内容を、本契約として締結することになります。合併の場合は、合併契約書、買収の場合は株式譲渡契約書などの契約書を交わします。そこには、主なものとして次のような項目が書き込まれます。

1.取引形態(合併、株式買付け)
2.取引価格
3.代金決済方法(現金、もしくは株式)
4.偶発債務の取り扱い
5.表明・保証条項
6.競業避止義務
7.停止条件
8.契約履行(クロージング)のスケジュール

上記4.の偶発債務は、相手方に将来発生する可能性のある債務で金額が特定できていない債務についての取り決めです。たとえば被告となった損害賠償請求の裁判が係争中で、敗訴の場合賠償請求債務が発生するようなケースです。

上記5.の表明・保証条項は、M&A実行後に粉飾や隠れ債務の発生などが起こった場合に、違反した売主に損害賠償義務を課す条項です。具体的に事項を指定して売主が一定の期間内、その真正性を保証することを謳います。

上記6.の競業避止義務は、被買収企業の売主が同様の事業を行うことを禁止する期間や地域に関する取り決めです。

上記7.の停止条件は、一定の事態が起きた場合には、M&Aを中止できる旨の条項です。なお、本契約には法的拘束力があり、一方が契約を履行しない場合には、損害賠償義務が発生しますが、その金額を予め「違約金条項」として本契約に盛り込む場合もあります。

【ステップ5のポイント】
この段階での合意すべき内容は多岐にわたり、上記の事項以外にも、たとえば役員や従業員の処遇や、本社や営業所の所在地、新社名など多くの事項が、交渉の中で合意される必要があります。これらの事項に漏れがないようにチェックするのが、弁護士や公認会計士、M&Aアドバイザーの仕事になりますので、ここでも専門家の経験と知識が重要になります。

ステップ6:本契約の履行(クロージング)

ステップ6は、本契約の履行(クロージング)です。ステップ5で決めたスケジュールに沿って、会社法上の定款変更手続き、変更登記手続きなどを行い、必要ならば公正取引委員会への届出を行います。最終的には、株式が買い手に譲渡され、対価(現金、もしくは買い手企業の株式)が被買収企業の株主に支払われます。なお、このステップまで来れば、淡々と手続きが行われるので、特に注意すべきポイントは記述していません。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年5月20日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

執筆者:鈴木 一功(すずき かずのり)

鈴木一功

早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
東京大学法学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)入社。INSEAD(欧州経営大学院)MBA、ロンドン大学(London Business School)Ph.D.。銀行にてM&Aの企業価値評価モデル開発等を担当。中央大学大学院国際会計研究科を経て、2012年4月より現職。みずほ銀行コーポレートアドバイザリー部企業価値評価アドバイザー。
主な著書として『企業価値評価(実践編)』(ダイヤモンド社)。専門分野は、企業財務、M&A。

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