経営者としての見識を深めたい

2016年8月8日

守屋淳の、渋沢栄一から経営者への手紙/ 渋沢栄一の生涯(3)

リーダーシップ 渋沢栄一

bp100029

渋沢栄一が生きていた時代、日本の周辺は急を告げていました。1840年のアヘン戦争によって、中国の植民地化がはじまり、1887年にはベトナムもフランスの植民地となり……

しかし、なぜヨーロッパはそんなに大きな力をふるえるようになったのでしょう。その直接的なきっかけは「産業革命」にありました。「産業革命」とは、手工業から機械による生産への転換のことでしかありませんが、これが圧倒的な生産性の向上を生むに至るのです。しかも、その力は軍事力にも転用されました。たとえば大量生産された大砲を、蒸気で動く船に乗せることによって――

《世界史上の驚嘆すべき事実のひとつは、19世紀には、最新のヨーロッパ式装備に身を固めていれば、ほんの小部隊であっても、アフリカやアジアの国家そのものをむこうにまわして打ち負かすことができたということである》『戦争の世界史』マクニール 高橋均訳 刀水書房

これによって、ヨーロッパ以外の世界の主要な地域は、すべて近代化=西欧化を迫られることになります。この近代化の方法には、二つありました。まず一つ目は、意外なようですが植民地になること。植民地になれば、産業革命の成果や科学的なものの考え方、近代的な体制が導入されるわけです。

そして、もう一つがヨーロッパのやり方を徹底的に真似して同じ力を身につけて、自力で近代化を果たすこと。

日本はこの時期、世界の主要地域でほぼ唯一、後者のやり方で近代化を果たした国として知られています。

しかし、なぜ日本だけが自力での近代化に成功したのでしょう。手前みそになりますが、それは渋沢栄一がいたからだ、と筆者は考えています。

前回に引き続き、もう少し渋沢栄一の人生をたどってみましょう。

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