経営者としての見識を深めたい

2017年9月29日

守屋淳の、渋沢栄一から経営者への手紙/ 渋沢栄一の生涯(16)

リーダーシップ 渋沢栄一

しぶさわ16

ここまで、天下国家にかかわる大きな話題を、主に俎上に載せてきましたが、今回は少し趣向を変えて、渋沢栄一の個人的な問題について取り上げてみたいと思います。

渋沢栄一の生涯の大きな特徴のひとつに、満九十一歳という、当時としては相当な長寿を誇ったという事実があります。しかも彼の場合、健康寿命が長いという、うらやむべき点までありました。たとえば、孫の渋沢敬三が、こんな述懐を残しています。

「八十歳までの祖父は随分と人間的でありました。すべての方面に物欲が残っていました。昼食に私と二人でよく穴子の天ぷらを平げた祖父でありました」

さらに栄一は、一九三一年の四月に日本女子大学の校長に就任しています。命日が同じ年の十一月十一日ですので、その約半年前のことでした。

ただし、もちろん栄一とて、まったく病気と無縁というわけではありませんでした。

大きな病気でいえば、彼は五十五歳のときに顔に皮膚癌が見つかり、切除の手術を受けています。幸いにも再発することがありませんでしたが、顔に傷跡は残りました。

栄一の晩年の顔写真を見ると、頬にえくぼのようなへこみがあるのがわかるのですが、それが手術跡なのです。ちなみに、晩年にアメリカに行ったとき、なぜかその傷跡に関して、

「幕末維新のときに、ほかのサムライと斬り合いをしたときの傷だ」

という噂が立ったりもしたそうですが・・・・・・

また、彼は日清・日露戦争といった大きな戦争が起きると、体調を崩して寝込んでもいました。この点は、やはり精神的なストレスが肉体にも影響を与えてしまったということかもしれません。

では、なぜこのような長い健康寿命を保ち得たのでしょう。ひとつには、よくいわれることですが、一般に男性というのは、社会からその存在を必要とされていると元気で長く活躍しやすいということがあったのでしょう。

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