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【前編】話題のイノベーションプロバイダーが描く夢

経営者としての見識を深めたい 2020年6月18日

生い立ちを紹介~My background~

さまざまな肩書を持つJohn氏とは?

山口県下関生まれの森若幸次郎 (John Kojiro Moriwaka)(通称、Johnさん)氏は、医療機器イノベーション企業である「モリワカ」の2代目経営者。自らも「シリコンバレーベンチャーズ」を創業する他、大企業やスタートアップのアドバイザー、国内外のスタートアップを支援するアクセラレーター、大学の客員教授、講演家、コラムニストとしても活躍し、特にイノベーションやスタートアップ界隈のキープレーヤーになっています。

そんなJohnさんにお聞きしたお話を、前編と後編に分けてお届けします。

まずはJohnさんのこれまでの活動を簡単にご紹介しておきます。これを読んでいただいてからのほうが、本編をより楽しくお読みいただけると思います。

日本のイノベーション創出に尽力

代替テキストJohnさんは、幼少期から持ち前の企画力で周囲を驚かす人気者でしたが、中学、高校、大学受験は全て失敗。19歳から人生を変えるべく、約7年半の間オーストラリアに在住し、シドニー大学で経営学を学びました。帰国後は、音楽レーベルを経営後、家業である医療機器企業を経営するかたわら、ハーバードビジネススクールでリーダーシップとイノベーションを学びました。

その後6年間は、シリコンバレーと日本を頻繁に行き来するなど、活動の場を世界に広げています。ここ2年は、ネクストシリコンバレーであるイスラエル、インド、フランスなど世界10カ国以上のイノベーションハブに訪れて各国の起業家や投資家、アクセラレーターなどと交流しています。世界と日本を繋ぐイノベーションプロバイダーとして、各国のイノベーション・エコシステムについて自らが学んだことを基に「日本のイノベーション・エコシステムの構築方法」や、「どのように海外と協業しオープンイノベーションを起こすか」といった内容を講演やコラムなどで発信しています。また、海外発のアクセラレーターやイノベーション創出イベント、エンジェル投資家グループに関わり、海外と日本との橋渡しも担っています。では、本編に入りましょう。

商売を培った幼少期~Learn how to trade in my childfood~

人を喜ばそうと思ったのが商売の起点

――Johnさんの生い立ちからお聞きします。幼少期はどのような子供でしたか?

John
小さい頃から「人を喜ばす」のが大好きでした。人はどうしたら喜ぶか考えて、面白いことを企画していました。それが商売に繋がります。

初めて商売を意識したのは、3歳のときでした。

母親の料理がすごく美味しくて、「この美味しい味を他の人にも味わってもらいたい」と思い、近所の料理屋に行ってプラスチック製の弁当箱をもらい、料理をきれいに詰めて近所の海水浴場に持って行ったのです。

――結果はどうでしたか?

John
海水浴場にほとんど人がいなくて誰も気にかけてくれませんでした(笑)。当時はマーケティングも何も分からなかったのですが、どこに行けばこのお弁当に興味を持ってくれる人がいるかを考えた結果、先ほどの、弁当箱をくれた料理屋のおじさんなら「美味しそう」と興味を持ってくれるのではと思いつきました。

「おじちゃん、このお弁当すごく美味しいよ」くらいの会話だったと思います。そうしたら、おじさんは、美味しそうに食べてくれました。もちろん普段からいつも家族で食べに行っているお店ですし、おじさんは、普段から可愛がってくれていました。しかし、私にとっては、それがすごくうれしくて、今でも私の話に興味を示していただいたことに感謝しております。

――ビジネスの“感度”は幼少期に培われたのですか?

John
そうかもしれません。ビジネスという視点で言うと、「企画力」や「リーダーシップ」も小さい頃に養われたと思います。

小学校に入ると、担任の先生が私のあゆみに、「クラスのリーダー」と書いてくれていました。初めて「リーダー」という単語を知って、それ以来、常に周囲が何か言う前に自らいろいろと提案していました。クラス全員が関われるように、みんなに役割を与えて動かしていました。リーダーは、最初にまだ誰もが気づいてないことをして人を喜ばす人、みんなをリードする人という意識が強かったです。

――具体的にどのようなことをされたのですか?

John
小学校1年生のときに、共働きの家庭は、通常の学校の催し会の日程だと全員参加できないことに気づき、アンオフィシャルなお遊戯会を企画しました。1人も裏方にならないよう、全員にセリフがある脚本も自ら考えました。さらにクラスメート全員に保護者への招待状を書いてもらいました。土曜日のお昼に視聴覚室を借りて、“監督兼営業”のような役どころをこなしていました。お遊戯会当日は、保護者の方々の前で「今日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます」と挨拶したのを覚えています(笑)。

――それは、大人でもなかなかできないことですね。

John
保護者の皆さんもすごく喜んでくれたので、とてもうれしかったです。その他にもクリスマス会を企画し、友達だけではなく友達のお母さんも自宅に招待していました。全員でプレゼント交換会をしたり、音楽を流したり、カツラを被って司会進行役を務めたりと、演出も自ら考えました。最後は、撮影した写真を焼き増しして参加してもらった人に配るところまで。すごい気合の入れようでした(笑)。

――6歳の“気配り”がすごいですね。

John
「愛りがとうございます(愛+ありがとう)」。小さい頃からこんなことばかりしていました。リーダーに求められるものって、こうしたイベントを自ら企画して実行するマネジメント力なのかなと思います。私の場合、イベント好きが高じてマネジメント力が身に付いていったのかもしれませんね。

ダメな自分を救ってくれた大人との出会い

――中学や高校でもマネジメント力が活かされたのですか?

John
中学校に入った頃から、人生は何のためにあるのか、なぜ人は学ぶのかなど、「目的」を見つけられずに、何かしっくりこないところが多くて、勉強も本当に嫌になりましたね。中学も、高校も、大学も第一志望に入れず、モヤモヤが積もり積もっていました。そもそも、第一志望すら、何でそこに行きたいのかもきちんと考えることもなく、適当に、親のレールというか、小さな視野で、何となく受験して、全て失敗しました。

今振り返ると、あの頃が人生の中で一番ダメな時期だったかもしれません。

しかし、正々堂々と同じ体重の男が、真剣勝負しているボクシングだけは、心からすごいな、格好いいなと思って、高校ではボクシング同好会を自ら作りました。ただ、実は絵にも興味があったので“美術部兼ボクシング同好会”という位置づけで活動していました。

――すごい組み合わせですね。そんな部活が学生生活の心の拠り所だったのですか?

John
部活も良かったのですが、問題児だった私を救ってくれたのは、中学2年生のときに知り合った、あるカレー屋の店主でした。その店主は他の大人と違い、カレーを食べている姿を見て、いきなり「君は大物になる!」って言ってくださいました。

それから通い始めては、いつも応援の言葉を投げかけてくださいました。大人に認められたということが、素直にうれしかったですね。それで、生意気だった私は、「そりゃ大物くらいなりますよ」って言っていましたけど(笑)。

――店主はなぜJohnさんが大物になると思ったのでしょうか?

John
中学2年のとき、友達とカレー屋に食べに行ったのですが、やはり “リーダー感”があったのかもしれません。カレーを食べに来るお客にも臆することなく平然と受け答えしていましたし。そのカレー屋は福岡県の小倉にあるのですが、そこにはいいお客も来ればそうでないお客も来る。中学生のときにいろいろな大人と会えたことが、今の「怖いものなし」の性格を育んだのかもしれません。

今思うと、店主は客を見る目が本当に肥えていたのだと思います。もともと地頭がいいのでしょうが、人とのコミュニケーション力がすごく高いのです。みんな、カレーを食べに来るというより店主に会いに来るという感じで。一方で頑固なところもあって、取材は一切お断り。「他のお客様に取材は迷惑がかかる」という姿勢で、プライドもあって格好いいと思いましたね。

――その店主は、今のJohnさんに少なからず影響を与えたのでしょうか?

John
そうですね。中学2年から「大物になる」って何度も何度も言い続けてくださったので、そのように言われたらならなきゃいけないって思いましたね。本当にうれしかったのです。学校では誰も褒めてくれないし、先生とは喧嘩ばかり。家に帰っても親と喧嘩ばかり。でもカレー屋に行ったら優しくしてくれるので、店主の愛に触れるため、通っていました。私は、店主のことを尊敬しすぎて、会長と呼んでいました。もし、スーツを着たら、大企業の会長に見えるだろうと思っていました。本当に、素敵で立派な方でした。

両親から教わったこととは?

――ご両親はどのような人だったのですか?

John
父は一貫して、「お前は人と違っていて当たり前」という教育方針。母は逆で「お願いだから普通にして」という教育方針でした。しかし母は面白くて、うまくいったら「あんたは人とは違う」、問題を起こしたら「普通にして」って。親心ですね。

父からは「お前は絶対にボスになれ」って言い聞かされていました。その教えが、私の「絶対に勝つまで諦めない」という考え方を植え付けてくれ、今では本当に感謝しています。

――他にお父様の教えで印象に残っていることはありますか?

John
「『ありがとう』『すみません』の挨拶をする」「時間・約束を守る」「本と友達はいいものを選べ」。基本はこの3つです。あと、「ルールは破るためにある」も教えられました。

もっとも、父は会社を経営していたので、商売についてはいろいろと教わりました。「世のため人のため」「お客様は神様」といった商売の哲学も幼少期に教わっていました。経営は良いときも悪いときもあるわけで、そうした姿を見て「失敗を恐れない」ということも自然と身に付いていたかもしれません。こんな家庭環境だったこともあり、小さい頃から「この世の中でどうすれば、人を喜ばせることができるか、人の役に立つか」を常に考えていました。

インタビューにこたえるJohnさん

――普通の子供とは観点が違うように感じます。

John
海外で過ごした経験から言うと、日本の教育にもこうした違う視点が必要なのではと思います。当たり前と思われるものを見て、どうしてそうなったのかを聞ける子供であるべきだと思います。「今日はなぜ算数の授業から始めないといけないのか」って。人が言ったから、決まっていることだからというルールに疑問を持つことが大事なのではないでしょうか。

受験の失敗が転機に~Exam failure changed me~

もどかしさを感じた日本の大学受験

――Johnさん自身も大学受験で転機を迎えたとか?

John
日本では、たくさん受験したのですが、全て不合格でした。高校の推薦文には「日本の教育プログラムには収まらない、計り知れない能力がある」と書かれていましたが。ある試験では、10歳のときから書きためていた詩をコピーし、段ボールに詰めて送ったのですが、落ちてしまいました。受験はとにかく納得できないことだらけでした。私のリーダーシップや人並外れた行動力や情熱は、国語や数学では分からないし、答案用紙に「私はボスです」って書けないじゃないですか。自分の力を証明できないもどかしさしかありませんでした。

――その挫折が海外へ目を向けるきっかけになったのですか?

John
日本の大学のどこも受け入れてくれないというか、こちらも受験に合格するように、答案用紙だけに自分を表現する自分に嫌気がさして、結局、19歳のときにオーストラリアへ留学することになりました。本当は最初からアメリカに行きたかったのですが、ニューヨークでテロが起こったので、安全なオーストラリアということになりました。

まずはホームステイという形で、語学はもちろん、その国の文化やマナーなども学べる環境を選びました。英語もろくに話せないのに、ホームステイ先の人と議論ばかりをしていました。英語だけではなく、テーブルマナーやカルチャーを教えてくださったホームステイ先のお父さん、お母さんには、今ではすごく感謝しています。最初の1年は、ある大学の校舎で、優しそうな人を見かけたら、とりあえず話しかけて、友達になり、週末のパーティーに呼んでもらって、さらに友達を増やしながら英語を身に付けていきました。留学生だけと仲良くするのではなく、現地の大学生と仲良くするようにしました。

その後、シドニー大学へ進学することになるのですが、ホームステイ先での議論が英語力アップには役立ちました。ユダヤ系オーストラリアの友人とシェアハウスで二人暮らしも1年間しましたが、英語を身に付けるだけではなく、ユダヤ人の考え方についても学ぶことができました。

日本である程度、英語を学んでから海外留学するというケースを聞きます。しかし、全く英語ができないときに海外に行けば、がむしゃらに覚えるもの。自分で切り開く力も養える。人生では、こうしたサバイバル力も必要なのかもしれませんね。また、英語力だけではなく、人間力を高めるために、教養を養うことも欠かせないですね。

――日本人は若い頃から海外を経験すべきと思いますか?

John
必ずしもそうとは言えません。子供の頃に海外での経験を長く積むと、日本に帰ってきてから苦労すると思います。日本の社会に適合しにくくなりますから。グローバルで活躍できるようになるかもしれませんが、日本の社会には合わない人間になってしまいます。日本人として生きるなら「海外を知りつつ、日本の歴史、文化を理解すること」が大事。日本と海外、両方をほどよく知るバランスが大切なのではないでしょうか。20歳の頃に、オーストラリアで「ラストサムライ」いう映画を見て感動し、監督が武士道を読んで感銘を受けたことを記事で読みました。早速、シドニーの本屋さんで、左が英語、右が日本語で書かれた武士道を買い、何度も何度も読みました。武士道の考え方は、私の人生のバイブルとなっています。

自分を成長させた大学での経験

――シドニー大学では何を学んだのですか?

John
まず、オーストラリアの高校1年生から日本でいう大学1年生までの教養を10カ月で習得するファンデーションコースというプログラムを受けました。ここで5科目を集中的に勉強したことで、物事を体系的に見る力が養われました。プレゼンテーションの基礎もここで学ぶことができ、人前で発表する楽しさを体験しました。

無事に、シドニー大学に合格した後は、経営学を中心に学びました。実は、3つも学部を変えているのです。まず1つ目がマネジメント学部で、次に商学部、それから経済と社会科学部です。成績さえ良ければ、学部を変えることができます。将来MBAに行かないとしても、経営に関しては、一通り学んでおこうと考えました。ただ、会計、分析、政治経済はマイナーなので、マーケティングとHR(人的資源管理)の2つのメジャーについて全て単位を取りました。

結局、残りの3つの教科は取らずに、イベント運営のバイトに精を出していました。すでに自分が学びたい全単位は取り終えたので、あとは、働きまくるというスタイルでした。毎週木、金、土曜日に、シドニー最大規模の音楽イベントを開催していました。1年以上、毎週日曜日にHIPHOPのラジオ番組に生出演したり、コラムニストなどもしたりしていました。シドニー大学は卒業3カ月前で、あと3単位を取らなかったので、親には悪かったと思っていますが、後悔はしていません。

シドニー大学では、貢献する大切さを学びました。海外の大学では数人のグループで議論するグループワークで点数をつけられることがあるのですが、サボると議論に入れず、点数も悪くなってしまうのです。すごく厳しかったこともあり、準備の大切さや人に迷惑をかけないといった姿勢も学べました。必ず、仕上げて課題を提出する。時間を守る習慣が身に付きました。あと、図書館ですごい勢いで学んでいる学生の数が多く、自分の席を取るだけでも長蛇の列を作っている。その光景を見るだけで、モチベーションが上がりました。オシャレやメイクして来る学生もいないですし、大学には学ぶ場所という当たり前の世界があり、非常に勉強しやすい環境でした。

最近は、日本の大企業や大学だけではなく、海外の企業やインド工科大学 ムンバイ校などでも特別講演で招かれている

勉強につまずいたというコンプレックスが大事

――その教訓は今のジョンさんの活動に活かされていると感じますが?

John
はい。現在の仕事で何かを仕上げるとき、スピードを重視しながら、精度を上げていくことを常に考えています。完璧なものを締め切りまでに必ず仕上げるという根性が身に付きました。仕事に間に合わせるのは当たり前のことですが、その癖がついたのは大学での多くの課題をやり遂げた経験があったからこそのことです。

私は今でもオンライン授業や、日米問わずいろいろな講義を受けていますが、中学・高校と勉強につまずいたからこそ、学ぶことに楽しみを感じられるのではと思います。学ぶことに対してスムーズに取り組めるのはいいことですが、大人になってからの学ぶことに対する“伸びしろ”も大切です。

勉強につまずいたというコンプレックスが、大人になっても勉強を続けられる大きな要因だと思っています。人の成長にはコンプレックスが欠かせないと思います。その上で、目的意識を持ち、なぜ、それを学びたいのかを常に自問自答することで、より良い成果を出すことができるのではないでしょうか。

前編は、ここまでとなります。
後編からは、いよいよイノベーションプロバイダーとしてのJohnさんに迫ります。

後編をご覧になりたい方はこちらへ
https://www.ganbarusite-daido.jp/report/growth/innovation20200410_02/

森若 幸次郎氏プロフィール(主な役職)
株式会社シリコンバレーベンチャーズ 代表取締役社長兼CEO

「スタートアップ、中小・中堅、大企業、大学、高専、学術研究都市向けイノベーション創出支援
http://siliconvalleyventures.site/

株式会社モリワカ 専務取締役兼CIO
医療機器イノベーション企業
https://moriwakamedical.wixsite.com/home

Startup Grind Tokyo ディレクター
シリコンバレー発で、世界120カ国、350都市で開催されているGoogleがスポンサーのスタートアップイベント
http://startupgrind.tokyo/

Startup World Cup アンバサダー シリコンバレー発の世界最大級のスタートアップピッチイベント
https://www.startupworldcup.io/

情報経営イノベーション専門職大学 客員教授
就職率0%、起業率100%を目指す大学、2020年4月開校
https://www.i-u.ac.jp/

Forbes Japan、りそな銀行、日刊工業新聞 コラムニスト
ハーバードビジネススクール エグゼクティブ教育 PLD (リーダーシップ開発プログラム)修了
https://www.facebook.com/kojiro.moriwaka

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John Kojiro Moriwaka (Prof.)
Innovation Provider
Facebook:https://www.facebook.com/kojiro.moriwaka
Linkedin:https://www.linkedin.com/in/john-kojiro-moriwaka-431a334a/
Twitter:https://twitter.com/kojiromoriwaka?lang=en

Founder & CEO
Silicon Valley Ventures Co., Ltd
http://siliconvalleyventures.site/

Executive Vice President & CIO
Moriwaka Medical Co., Ltd
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https://peraichi.com/landing_pages/view/moriwakamedical

Co-chapter Director
Startup Grind Tokyo
http://startupgrind.tokyo/

Visiting Professor
i University
https://www.i-u.ac.jp/

Official Columnist
Forbes Japan、Resona Bank, Limited.、The Nikkan Kogyo Shimbun, Ltd.

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