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2018年3月13日

経営者が身に付けたい“信用持ち”の交渉術

コミュニケーション 自己啓発

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“信用持ち”の経営者が交渉に勝つ

ビジネスに“交渉”はつきものです。経営者であれば、銀行との借入交渉や大口取引の提携交渉などを行います。場合によっては、労働組合との団体交渉、何らかのトラブルに関する損害賠償の交渉の当事者にもなります。これらの交渉の中には、弁護士などの専門家の力を借りなければ解決するのが難しいケースもあります。

また、こうした分かりやすい“交渉の形”にはなっていませんが、日々のちょっとしたやりとりが、ビジネスでは交渉事になります。例えば、顧客に対して常に誠実で素早い対応を徹底するのは、いつかやってくる「こちらの要望を聞き入れてもらいたいタイミング」で、相手にこちらの話を聞き入れてもらいやすい環境を作るためなのです。

当社が行ったアンケートによると、多くのビジネスパーソンが交渉を駆け引きであると考えているようです。駆け引きとは、もともと「戦争における兵隊の押し引き」という意味ですから、交渉は相手との勝負という解釈になります。しかし、これではいわゆる「ゼロサム型」になってしまい、後に遺恨も残します。

経営者が目指すのは、Win-Win(ウィンウィン)の関係を構築する、いわゆる「プラスサム型」の交渉です。実際にWin-Winの状態で交渉を終えるのは簡単ではありませんが、日々のちょっとしたやりとりを通じて相手の信用を得ていくことがポイントになります。つまり、“信用持ち”は交渉に強いということです。

Win-Winに対する疑問

Win-Winという言葉は、「交渉とは、双方がメリットを得られるような合意を導き出す過程である」という考え方に基づくもので、「ハーバード流交渉術」として紹介されて以来、ビジネスの世界に広まっていきました。

Win-Winは理想的である半面、これに疑問を感じる経営者もいます。例えば、「常に“50対50”の平等でなければならないのか」という疑問です。あるいは、「どうしても相手に勝っておかなければならない局面」というものもあります。このようなときにどうすべきか、その回答の1つが次の言葉です。

「相手にとって悪くなく、自分にとって願ってもないほどの交渉結果を引き出す」
(*)出所:「ハーバード×MIT流 世界最強の交渉術—信頼関係を壊さずに最大の成果を得る6原則」(ダイヤモンド社)

交渉の当事者が重視する論点が食い違うことはよくあります。例えば、QCD(クオリティー、コスト、納期)で、一方はクオリティー、もう一方はコストを重視する場合、高クオリティー・高価格(低クオリティー・低価格)で合意できる可能性があります。自分が重視する論点の条件を十分に満たしつつ、相手の論点も満たせばよいのです。

「オレンジを巡る交渉術」のポイントは“信用”

ここに1つのオレンジがあります。そのオレンジを巡ってある姉妹が争っています。双方とも、「自分がオレンジ1つ分をもらう!」と言って一歩も譲らず、交渉は平行線です。結局、姉妹はオレンジを半分ずつに分けたのですが、直後の行動はとても不思議なものでした。

喉が渇いていた姉は、果肉でジュースを作りました。一方、ケーキが作りたかった妹は、なんと果肉を捨て、皮でオレンジピールを作りました。最初に自分の目的を伝えておけば、もっと良い結果になったというのが教訓です。とはいえ、ビジネスにおいてこちらの手の内を全て相手に見せるのは現実的ではありません。

ここで重要になるのが、冒頭で紹介した信用です。ビジネスでこちらの手の内の全てを交渉相手に示すことは現実的ではないとはいえ、信用している相手とそうでない相手とでは、示す情報の範囲やタイミングが変わってきます。当然、信用する相手には、より多くの情報を早いタイミングで示すことになります。

もし、自分が相手から信用されており、多くの情報を早いタイミングで示してもらうことができれば、それに基づいて交渉のプランを立てることが可能です。長い付き合いの相手であれば、その交渉に至るまでの日々のちょっとしたやりとりで信用を積み重ねることが、交渉を有利に進めるためのポイントとなります。

バイアスを軽減するために「人と問題を切り離す」

長い付き合いの相手ではなく、その交渉で初めて会う相手の場合、どのようにして信用を得ていけばよいでしょうか。これはなかなか難しいところですが、少なくとも以下の点に注意する必要があります。

まず、交渉は出会う前から始まっているという認識を持ちましょう。交渉相手のことを事前に調べるのは当然です。企業情報はもちろんですが、経営者だと個人が特定されやすく、Facebook(フェイスブック)などの投稿をチェックされる可能性が高いでしょう。そのため、日ごろの言動には注意するようにして、不要な誤解を与えないようにします。

また、自分と相手のバイアスを軽減する努力も必要です。ありがちな例は、交渉相手の見た目や話し方などが好みではないことに引きずられ、とにかく相手に勝つことを目指してしまうケースです。自分が交渉の目的を達成することと、相手の見た目は関係ありません。「人と問題を切り離す」感覚が大切です。

同時に、相手に不要なバイアスを生じさせぬよう、自分の見た目や言動にも注意する必要があります。一度相手から「気に入らない」と思われてしまうと、その感情を覆すまでに時間がかかります。あえて強く見せる、あるいは弱く見せるテクニックもありますが、注意しないと逆効果になります(相手に「見かけ倒し」と思われてしまうなど)。

「留保価値」と「BATNA」を設定する

少し形式的な話も含まれますが、交渉の前に必ず設定しておきたい事項が2つあります。1つ目は「留保価値」です。留保価値とは、その水準を下回ったら交渉を打ち切るという最低ラインです。例えば、「1000万円を下回れば契約しない」という場合の1000万円が留保価値です。

2つ目は「BATNA(Best Alternative To Negotiated Agreement)」です。BATNAとは、その交渉で合意できなかった場合の代替案です。例えば、「A社との交渉で1000万円以上の契約が締結できなかった場合、B社と交渉する」という場合のB社がBATNAです。留保価値とBATNAは一致することが多いともいわれますが、本来、別々に設定するものです。

留保価値は、交渉の最低ラインであり、自社の防衛ラインともいえます。タフな交渉だと、その最中のバイアス(グループシンクなど)の影響で、留保価値を下回る条件で不利な合意をせざるを得ない圧力に屈するケースがあります。しかし、明確に留保価値を意識しておけば、こうした問題を回避できます。

また、BATNAを持つことで、その交渉に対する依存度を下げることができ、心理的な余裕が生まれます。大切なのは、BATNAを明確に設定することです。「A社がダメなら、どこか別を当たればよい」という曖昧な状態ではいけません。少なくとも、「A社がダメなら、B社と交渉する。B社のことは調査が済んでいる」といったレベルが必要です。

組織の交渉力を高める

経営者は、自分自身の交渉力を高めるだけではなく、組織全体の交渉力を高めていかなければなりません。社員が「日々のちょっとしたやりとりが、ビジネスでは交渉事である」ことを理解し、実践している会社はコツコツと信用を蓄え、交渉力を高めています。経営者は、このことを社員に伝えなければなりません。

また、リアルのビジネスでは、巨大な相手との交渉など、いかんともしがたいケースがあります。「相手の情に訴える」「他社と提携して交渉力を高める」などのテクニックはありますが、相手が最初から留保価値を決めている場合、それを覆すことは現実的には難しいでしょう。

このような場合、不利な条件を受け入れるのか、それとも相手の提示をつっぱねて他に活路を見いだすのかを判断できるのは経営者だけです。あるいは、経営者は「ここで負けても、他で勝っているのでトータルではプラスになっている」と考えているかもしれませんが、そうした状況を正しく把握しているのも経営者だけです。

経営者は組織の交渉力を高めるための教育をし、社員に実践経験を積ませます。しかし一方で、前述した経営者にしかできない判断があります。こうしたケースでは、経営者自らが交渉当事者になる必要もあります。そうした場こそ学びが多いので、可能であれば、経営幹部を同席させて“ピリピリするような雰囲気”を体験させることも一策です。

以上

【参考文献】
「ハーバード×MIT流 世界最強の交渉術—信頼関係を壊さずに最大の成果を得る6原則」(ローレンス・サスキンド(著)、有賀裕子(翻訳)、ダイヤモンド社、2015年1月)

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2018年3月1日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

執筆者:代表取締役 松田泰敏/日本情報マート

中小企業の頼れる情報源として、経営者の意思決定をサポートするコンテンツを配信。 「開業収支」「業界動向」「朝礼スピーチ」など2000本を超えるコンテンツを有するほか、年間200件以上の市場調査も行っている。現在、50を超える金融機関に情報提供を行っている。

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