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2016年11月21日

真田信之(信幸)の名言。「真田丸」で注目される真田家の立役者

組織運営 経営者

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真田信之(信幸)の名言。「真田丸」で注目される真田家の立役者

「常に法度(はっと)の多きは宜しからず」(*)
出所:「戦国武将のひとこと」(丸善)

2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」は、主人公の真田信繁(幸村)の成長と、それを支える家族の物語ともいえるものです。家族の中でも信繁に大きな影響を与えたのが、父・昌幸と兄・信之(信幸)です。

信之・信繁の父である昌幸は、態度が簡単に変わるという侮蔑の意味が含まれた“表裏比興(ひょうりひきょう)の者”と評されるくせ者でした。弱小大名だった昌幸は、父の代から仕えた武田家をあっさりと見限り、時々の権力者の下に下ることで、乱世を渡り歩いたのです。

そんな真田家の命運を分ける出来事となったのが「犬伏の別れ」です。徳川家康の上杉討伐につき従って進軍中、石田三成の挙兵を聞いた真田家では、今後の進退について話し合いました。その結果、「関ヶ原の戦い」では信之が東軍に、昌幸と信繁が西軍に分かれて臨むことになります。両者が分かれた理由については、「信之が本田忠勝の娘、家康の養女とされる稲(小松姫・大蓮院)を妻とし、信繁が大谷吉継の娘とされる竹林院を妻としていたので、東西それぞれに分かれた」などとされています。どんな理由にせよ、苦しい決断であることに変わりなく、3人は結論を出すまでに長時間話し合ったというエピソードが残っています。

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