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「健康経営」関連市場の規模拡大と今後の動向

旬な話題を知りたい 2021年11月4日

なぜ健康経営に着目するのか

健康経営という言葉が使われるようになって、既に数年が経過しました。デジタル化の進展や官公庁による制度面での後押しにより、健康経営市場は拡大を続けています。
富士経済の調査によれば、健康経営を支援するデータヘルス計画や健康経営関連ソリューションに関する市場規模は、2019年時点で550億円であり、10年後の2029年には1087億円と、約2倍に成長すると予測されています。

この記事では、このような健康経営市場の拡大の背景と、企業にとっての参入機会やそのポイントについて概説します。

市場規模拡大の背景

近年の健康経営市場の拡大の背景には、日本再興戦略に基づく健康経営優良法人認定制度や、同戦略に基づくデータヘルス計画・ストレスチェック制度の推進が挙げられます。

1)経済産業省による健康経営優良法人認定制度の推進

2015年、政府の日本再興戦略、未来投資戦略における「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みとして、経済産業省主導による健康経営が推進されることになりました。
経済産業省によると、健康経営とは、

従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること

と定義されています。

従来、従業員の健康に関する企業の取り組みは、労働安全衛生法に基づいて実施する定期健康診断が主なものでした。
しかし、健康経営は、こういった法的な義務に限らず、従業員の健康に投資し、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につなげる、といった経営戦略と密接にひも付いた活動として位置付けられています。
具体的には、2015年より健康経営優良法人認定制度を設立し、健康経営において優れた企業を表彰する取り組みを続けています。

健康経営の取り組みは、外部からは分かりづらく、外部の評価を得ることが難しいものでした。しかし、健康経営優良法人認定制度によって、求職者、関係企業や金融機関などから「従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業」として、社会的に評価を受けることができ、企業が新たに健康経営に取り組むインセンティブとなっています。
実際、同制度の設立後、健康経営に取り組む企業は、図1に示すように年々増加しており、中小企業にも波及しています。

「健康経営優良法人2021」では、大規模法人部門で1794法人、中小規模法人部門で7933法人が選出されています。

2)厚生労働省によるデータヘルス計画・ストレスチェック制度の推進

2015年、日本再興戦略を受け、厚生労働省主導の施策としてデータヘルス計画の推進がスタートしました。
日本再興戦略では、

全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として「データヘルス計画」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める

と定めています。
厚生労働省が発行する「データヘルス計画作成の手引き」では、保険者が、健診・レセプト等のデータ分析に基づいた、より効果的・効率的な保健事業を実施するとともに、健康保険組合と事業主が協力した従業員の健康改善や、企業の生産性および社会的評価の向上に取り組むことを求めています。
厚生労働省による2020年度保険者データヘルス全数調査調査によれば、全国で、健康組合等保険者と連携して健康経営に取り組む企業は1476社、協会けんぽ等保険者や商工会議所等のサポートを得て健康宣言等に取り組む企業は5万1126社と報告されており、多くの企業が何らかの形でデータヘルスに関する取り組みを実施していることが示されています。
健康経営を後押しする厚生労働省の施策としては、2015年に改正労働安全衛生法に基づいて制定されたストレスチェック制度も大きな影響を与えました。

ストレスチェック制度は、労働に起因するうつ・精神疾患の予防に主眼を置き、それらの予兆となり得るストレスの測定を各企業へ義務付け、これらに基づいた職場改善の取り組みを促すものです。
ストレスチェック制度は、契約社員、パート、アルバイト、派遣労働者を含む常時使用する労働者数が50人以上の事業場では、ストレスチェックを年に1回実施することを義務化されており、多くの企業でこの制度への対応支援のニーズが生まれることになりました。

このように、日本再興戦略を起点として、経済産業省からは企業が従業員の健康経営に取り組む、またはそれらの取り組みを強化するインセンティブを生み出す施策が発出されました。
同時に、厚生労働省からは、生活習慣病やうつ・精神疾患を主眼とした従業員に対する取り組みが義務化され、方法論とともに提供されることになりました。

結果的に、多くの企業がこれらに応じて健康経営の体制整備に乗り出しました。健康経営の取り組みは多様であり、データヘルスやストレスチェック、それらの保健事業への活用については専門的なノウハウも求められます。
そのため、多くの企業が外部の専門サービスを活用することとなり、結果的に、健康経営を支援するサービスとしての市場が形成され、拡大につながっています。

健康経営関連ビジネスへの参入機会

健康経営の市場拡大は、各企業にとってビジネスチャンスと捉えることもできます。実際、現時点で多様な企業が健康経営支援をうたい、新たなビジネスを展開しています。ここでは、健康経営ビジネスの参入の体系について概説します。

1)健康経営サポートビジネスの基本構造とは?

健康経営市場への新規参入を考える上で、ビジネスの基本構造を理解することが重要です。
生活習慣病予防にしろ、ストレスチェックにしろ、健康経営の軸は、

  1. データ収集(従業員の健康状態の把握)
  2. データプラットフォーム(健康課題の可視化)
  3. ソリューション(解決のための打ち手)

の3つで構成されると考えることができます。それぞれ見ていきましょう。

1.データ収集(従業員の健康状態の把握)
健康経営においては、まず何らかのデータを収集し、従業員の健康状態を把握することが求められます。
収集されるデータは、レセプトや健康診断結果、ストレスチェック等の典型的な保健関連データに加え、近年では、食事、運動、睡眠などの生活習慣データをウェアラブルデバイスで収集する等の新しい提案が行われています。

2.データプラットフォーム(健康課題の可視化)
データプラットフォームとは、収集されたデータを一元的に管理・分析し、健康課題の可視化を行う機能です。
これはさらに、

  • 従業員向けのプラットフォーム
  • 企業の人事や健康保険組合の担当者向けのプラットフォーム

の2つに分けられます。

従業員向けのプラットフォームは、自身の健康に関わるデータを閲覧できるサービスであり、データの可視化によって健康意識を醸成すると共に、健康課題の把握に役立てるものです。
企業の人事や健康保険組合の担当者向けのプラットフォームは、従業員全体の健康状態を一元的に見える化し、組織全体としての健康課題の把握や解決策の検討に役立てるものです。

3.ソリューション(解決のための打ち手)
健康経営では、最終的には組織としての何らかの解決策を実行する必要があります。産業医や保健師による健康指導や健康改善プログラムの提供、オフィス内での健康セミナーの開催、精神科医によるメンタルカウンセリングなどが該当します。

2)参入の体系とポイント

健康経営サポートビジネスへの参入に当たっては、上記①~③の要素において、自社の強みを活かせる領域を見いだし、参入の足掛かりとすることが第1のポイントです。
第2のポイントとして、自社の強みでない部分については、他社との提携により他社リソースを積極的に活用することが挙げられます。

以降で、幾つかの参入パターンの類型と事業展開の事例を紹介します。

図2に挙げた

  • デバイス主導型
  • プラットフォーム(PF)主導型
  • ソリューション主導型

について、それぞれ詳しく見ていきましょう。

3)デバイス主導型

データ収集における課題は、食事、運動、睡眠などの生活習慣のデータを、いかに本人の負担なく、継続的に測定できるか、といったことです。その点において、優れた測定指標や測定デバイスを武器に、健康経営市場へ切り込むことができます。
米国企業であるFitbit, Inc.は、バイタルや歩数などのデータを収集するウェアラブルデバイスメーカーの草分け的存在です。どんな服装にも合うシンプルでスタイリッシュなデザインや、アプリへのデータの自動記録などの簡便さが支持を受け、日本国内でもウェアラブルデバイスの代表的な存在となりました。同社はこのデバイスを軸に、多様なデータプラットフォーム企業と提携し、後述するFiNC Technologiesやニューロスペース、ルネサンスのサービスの中でも、データ収集デバイスとして、Fitbitのデバイスが採用されています。

アポロンは、人間と科学の研究所が研究開発した生体解析機器を活用し、アポロンBIT・内面健診システムを開発・提供しています。生体情報を24時間収集し、自律神経活動やストレス状態、睡眠状態等を数値化し、一次予防へつなげることができます。アポロンBITを軸として、自社で解析システムを提供、医師やヘルスケアアドバイザーとデータを共有することで、質の高いソリューションの提供を図ろうとしています。

4)プラットフォーム主導型

健康データは多種多様で、情報量も多く、その分析には専門性が求められます。個人や企業の保健担当者が、それらを分析し、何らかの健康課題を見いだす作業は容易ではありません。
プラットフォーム主導型の参入では、こういった課題に対して、アプリやWebシステムにより、データの収集、分析を自動化、または代行することで解決策を提示しています。
FiNC Technologiesは、国内では代表的なヘルスケアプラットフォームベンチャーです。運動、食事、睡眠の記録を基に、ユーザーに代わって、AI(人工知能)があたかもパーソナルトレーナーのごとく、個人の状況を分析し、アドバイスを提供することで、ユーザーによる自身の健康課題の認識を支援しています。
同時に企業の保健担当者向けのプラットフォームも提供しており、これを活用したサービスは、既に320社以上に導入されています。同社はこの技術を軸に、データ収集ではFitbit, Inc.と提携、ソリューションではサプリメントの自社開発等まで展開しています。

ニューロスペースは、睡眠と健康の関係に着目したベンチャー企業です。創業時から大学や医療機関と連携し、睡眠科学の知見を活用し、法人向け睡眠改善プログラムを開発しました。同社のプログラムは既に100社以上の企業に導入されています。
加えて、同様の睡眠科学の知見を基に、睡眠計測アプリ、睡眠計測ができるパジャマなどの共同開発を進め、データ収集領域にも積極的に参入しています。

5)ソリューション主導型

ルネサンスは、フィットネスサービスを活かした健康づくりを軸に、企業の健康経営やデータヘルス計画の推進を支援するサービスを展開しています。企業の課題をヒアリングし、改善に向けた企画立案や計画作成、健康づくりプログラムの実践など、健康経営の総合的なコンサルティングを提供しています。
データプラットフォームとして、ベンチャー企業であるリンクアンドコミュニケーションと連携し、健康アドバイスアプリの提供も実施しています。同社のサービスは、既に1200もの企業、健康保険組合、自治体に提供されています。

T-PECは、1993年からメンタルヘルス相談サービスを展開しており、健康経営が世の中でうたわれる以前から、企業のメンタルヘルスサポート事業に注力してきました。ストレスチェック制度の義務化に合わせ、ストレスチェック支援を開始しました。
同社が培ってきたメンタルヘルスに関する支援経験と専門医ネットワークを軸に、法令に沿ったストレスチェックの適切な実施や、結果の分析、企業研修等の支援を展開しています。

KOMPEITOは、“「食」から始めよう、健康経営”をスローガンに、野菜、フルーツ、スムージーや総菜等を企業へ配送する「OFFICE DE YASAI」を展開し、企業の従業員が、不足しがちな栄養素を補えるよう食事の面から支援をしています。ソリューションに特化したベンチャー企業ですが、既に企業の2700カ所もの拠点で導入されています。

中小企業にとってのビジネスチャンス

前述の参入事例で特に注目すべきは、アポロン、FiNC Technologies、ニューロスペース、KOMPEITO等、必ずしも規模の大きくないベンチャー企業が、自社の強みを活かしつつ、その他の機能において、大企業や専門医等の外部リソースと連携しながら参入を図っている点です。
健康経営を支援するサービスは充実しつつあるものの、より多くの企業が健康経営に参加していくには、まだまだサービスに関するイノベーションの余地が残っています。
例えば、電子機械系の企業であれば、データ収集のための新しい指標を測定できるセンサーやそれらの小型化、省エネ化、高感度化等のニーズに対して、切り込める余地があるでしょう。

データプラットフォーム領域においては、ベンチャー企業が多い点からも分かるように、開発時点のコストは比較的安価であり、デザインやアイデアで勝負ができる領域です。

ソリューション領域においても、前述のルネサンスやKOMPEITOのような事例は、地域のスポーツクラブや食堂、スーパー、農場などを運営する中小企業にも参考になるのではないでしょうか。例えば、地元のスーパーチェーンが、地域の企業を顧客に食に関する支援から参入していくことも可能でしょう。

このように、健康経営ビジネスの構造をよく理解し、自社の強みを発揮できるポイントを見定めることで、規模の小さい企業であっても参入が可能です。

健康経営関連ビジネスの今後の課題、生き残る企業は?

健康経営市場は拡大しているとはいえ、全国にあまたある企業のうち、健康経営の取り組みを進めているのは全体の一部にすぎず、健康経営市場はいまだ黎明期といえます。
健康経営に投資する企業は、より先進的で意識の高いイノベーター層に限られているのが現状かもしれません。こういった企業は、新しいことに挑戦する意欲が旺盛であり、初期的な費用対効果について、ある程度寛容な企業が多いものです。

一方、筆者の経験によれば、何らかの健康経営支援サービスを利用したが2~3年で中止した企業や、いまだ健康経営に取り組んでいない企業からは、健康経営に対しての「明確な費用対効果」を疑問視する声が少なくありません。今後、健康経営が、企業の常識としてマジョリティに普及するには、普遍的な価値の証明が必要でしょう。

経済産業省は、健康経営の取り組みとして、「健康投資管理会計ガイドライン」を作成し、企業が健康投資の効果を管理会計の面から明確にできるよう支援を進めています。

先行企業がこれらを活用し、健康経営の投資効果を管理会計上で確認することができれば、健康経営市場はさらなる拡大が見込めることになります。

■経済産業省「健康投資管理会計ガイドライン」■
https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200612001/20200612001.html

今後は、前述のデータ収集、データプラットフォーム、ソリューションに加え、その全体について管理会計上の投資対効果を評価するサービスが求められるでしょう。同時にそれは、現状生まれつつあるさまざまな支援サービスが、健康投資管理会計上の投資対効果によって徐々に淘汰されていくことも意味します。

今後、健康経営市場で生き残り、広くサービスを展開していくには、自らのサービスの投資対効果を健康投資管理会計上で示すことが求められていくといえるでしょう。

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以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年9月6日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

執筆者
高田 篤史(たかだ あつし)

高田篤史

株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部。
製薬会社での研究職、臨床開発職を経て、現職。
専門は、ヘルスケア領域における経営戦略、事業開発、DX推進、ダイバーシティ経営。

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